2010 北海道スポーツサイクルフェスティバル (自転車試乗会:つどーむ)

2010北海道スポーツサイクルフェスティバル

2010北海道スポーツサイクルフェスティバル




















二日目は快晴ということも手伝って二日間合計で約2000人のご来場を頂きました!
沢山のご来場有難うございます♪

色々な方に当社の車を見て頂き

「車(4HWEELS)に自転車(BIKE)を積んで(PLUS)安全なフィールドへ行こう!」
4HWEELS PLUS BIKE

が少しでも伝わって頂けたと思います。
出展する側も楽しいイベントですので来年の「2011北海道スポーツサイクルフェスティバル」も是非出展したいと思います!
有難うございました。

2010北海道スポーツサイクルフェスティバルについて詳しくはこちらをご覧下さい

「おまけ」


撤収の様子は続きをご覧下さい・・・


ニューハレ&NEEDSBOXブースの撤収作業・・・


試乗会コースのパイロン等の撤収作業・・・


MTBコースの撤収作業・・・


自転車メーカーブースの撤収作業・・・

北海道スポーツサイクルフェスティバル実行委員の皆様
出展会社の皆様
お手伝い頂いた皆様
その他の関係者の皆様
お疲れ様でした!

イベント終了後に・・・

北海道スポーツサイクルフェスティバル親睦会を開催しました。








40名を超える北海道スポーツサイクルフェスティバル実行委員の皆様や出展会社の皆様にお集まり頂きました。

世の中の流れでは

「車に乗るのは止めて自転車に乗ろう!」

という動きですが

日本の自動車社会の文化や道路状況を考えると

当社の

「車(4HWEELS)に自転車(BIKE)を積んで(PLUS)安全なフィールドへ行こう!」
4HWEELS PLUS BIKE

にもご理解を頂けたと思います。
異業種ですが色々な情報交換をさせて頂き楽しい親睦会でした!

2010北海道スポーツサイクルフェスティバル MTB試乗コース

2010北海道スポーツサイクルフェスティバル

MTB試乗コース








マウンテンバイクは子供に大人気!

MTB試乗コースは・・・



前日の雨の中・・・
ニセコマウンテンバイククラブの方が作ってくれました。
ご協力有難うございます!

ニセコマウンテンバイククラブ中嶋哲平氏NUMBBLOGはこちら

当社でも今度ニセコの大自然を中嶋哲平氏にガイドをして頂いて楽しんでこようと思います♪

2010北海道スポーツサイクルフェスティバル 外周ロード試乗コース

2010北海道スポーツサイクルフェスティバル

外周ロード試乗コース


特設会場のこけらおとしという事も有り非常に綺麗な舗装でロードバイクを試乗するには最高のコースでした。


















身分証名証の提示やヘルメットの着用など試乗する方のマナーも非常に良く事故や怪我も無い楽しい試乗会でした。
お子さんや女性ライダーの数が多いのに驚きました!

2010北海道スポーツサイクルフェスティバルについて詳しくはこちらをご覧下さい

NEEDSBOXブース 200系ハイエースニューモデルNEEDSBOXCP-9

2010北海道スポーツサイクルフェスティバル

NEEDSBOXブースにNEEDSBOXニューモデルコンプリートカー
200系ハイエースキャンパー特装車ベースNEEDSBOXCP-9を展示しました。







<ベース車輌>
200系ハイエーススーパーロングハイルーフキャンパー特装車
<仕様>
8ナンバーキャンピング登録
<乗車定員>
9人乗り

■標準装備
・オートマ・Wエアコン・ABS・運転席&助手席エアバック・電動格納ミラー(メッキ)・フロントアンダーミラー・パワーウインドウ・集中ドアロック・サイドステップカバー(純正タイプ)・プライバシーガラス・カラードバンパー・メッキフロントグリル・フロントフォグランプ・メッキアウトサイドドアハンドル(フロント・スライドドア)・メッキバックドアガーニッシュ・ホイールキャップ・イージークロージャー(スライドドア)

■標準架装
・床貼り加工(硬質ロンリウム)・レザー&モケットセカンドシート(1500シート)・リア2点式シートベルト×3・パネルトリム(PVCレザー)×5・レザー&モケットベッドシステム&サードシート・キャンピングシステム(ガスコンロ・ギャレー)・リアヒーターセカンドシート下移設・バックドアスピーカー取付&配線加工(カロッツェリアTS-E1769)

■NEEDSBOX CP-9 (8ナンバー/9人乗り)
 ・特装車2700ガソリン2WD
  ¥3,390,000(税込)
 ・特装車2700ガソリン4WD
  ¥3,690,000(税込)

必要最低限のキャンピングカー設備でカーゴスペースを確保した、新しいジャンルのトランスポーターキャンピングです。

詳しくはお問い合わせ下さい。

JAMIS(ジェミス)O&M(オーアンドエム)ブース

2010北海道スポーツサイクルフェスティバルの出展メーカーブースをご紹介していきます。


JAMIS(ジェミス)O&M(オーアンドエム)ブース




3人乗り自転車、電動アシスト自転車が大人気!
当社スタッフもお世話になりました♪


JAMIS


O&M

JAMIS History(ジェミスヒストリー)


“完璧なバイクを造る事”それは、現実的には不可能なゴールだろう。
しかし、それは最もやりがいがある目標だ。私達JAMISはその歴史のほとんどをそれを目標に進んできた。
CEO兼社長Carine Joannouは、1981年に彼女の父から事業を引き継いで以来ずっとJAMISの母体G. Joannouサイクル(そう私達の親会社)を率いている。
G. Joannouサイクルは1937年ヨーロッパ製の完成車及び部品の小さなディストリビュータとして始まった。
そして、今では世界にスポーツ用自転車を出荷する会社にまで成長する事が出来た。
G. Joannouサイクルは現在アメリカで創業者一族が管理する会社としては最も古く、最大の自転車会社の1つである。
最初のモデル(クルーザー)が1979年にロールアウトし、1990年にJAMISを始めた。
JAMISのデザイナーであり、開発責任者兼副社長のグレッグ・ウェバーもその時より、JAMISと共に居る。
私達の情熱、およびリーダーシップは、他のバイクや他のユーザーが「今のままで十分によい」等現状に満足したとしても、JAMISはそれ以上を目指す事をやめることは無い。
そして、私達JAMISは“完璧なバイクを造る事”以外の何もめざしていない。


1979
JAMISはビーチクルーザーメーカーとして誕生しました。
『JAMISとはG.Joannou Cycle(GJC)のスポーツバイクブランドで本社はアメリカのニュージャージー州に
あります。

1980
1979年に発表したビーチクルーザーを改良して、ダイヤモンド型フレームに外装変速機を付けた
ビーチクルーザーを発表しました。

1981
1980年に発表したビーチクルーザーを改良したExplorerを発表しました。
それはマウンテンバイクの前進でファットタイヤ仕様のビーチクルーザーと、Ten-speed bike(いわゆる
多段変速ロードレーサー)とのミックスのようなものでした。

1983
Dakotaを発表しました。
今日のほとんどのマウンテンバイクが標準でつけているディスクブレーキやサスペンションは、
まだ装備されていませんが、当時の量産型のマウンテンバイクとしては非常に注目され高い評価を
得ました。

1985
記念すべき初代Dakarを発表しました。
(現在のDakarはデュアルサスペンションバイクであるが、初代はハードテイルバイクであった。)
最高級クロモリチューブのイシワタ トリプルバテッド仕様のフィレット溶接仕上げの非常に綺麗で
乗り心地もすばらしいバイクでした。
そして、JAMISのスポーツバイクには、このころの自転車設計への拘りと妥協のない物造りの
スピリットが今でも受け継がれています。

1987
タンゲプレシテージを使った美しいフィレット仕上げのDakar,Dakar Sport(クロモリのハードテイル
バイク)を発表しました。
レーサー達はこの軽くて強いフレームを賞賛しました。

1988
ロードバイクのEclipseとQuestを発表しました。
そのフレーム設計(シートアングルやキャスターアングル等の設定)には、ニューイングランド
サイクリングアカデミーの意見を取り入れました。

1991
Codaを発表しました。
このバイクは、これまでのマウンテンバイクでは味わえない700Cロードバイクのようなスピード感が
味わえ、街中をスムーズに走れるすばらしいバイクでした。

1993
TJAMISバイクのMTBカテゴリーの代名詞であるDragonを発表しました。
タンゲプレステージチューブをなめらかにフィレット溶接し輝くばかりの鍍金で仕上げ、高性能パーツで
組上げ、超軽量で高性能かつ、贅沢なマシンででした。

1995
Dakar Teamを発表しました。
このバイクはJamisで最初の4バーリンクのデュアルサスペンションバイクで、ストロークは
55mmほどだったが、Judy XcやDeore XT、TNTチタンBB、Sugino Mighty900などの軽量パーツで
仕上げて総重量は11.3kg(25ポンド)を下回っていました。

1996
Easton Eliteアルミチューブを使ったDakar Teamを発表しました。

1997
フラッグシップモデルDragon(off-road)とEclipse(road)に、レイノルズ853チューブを使ったニューモデルを
発表した。
アメリカンバイクメーカーではJAMISがこのチューブレイノルズ853チューブを初めて採用しました。

1998
インターバイクで発表したカーボンモノコックフレームのデュアルサスペンションバイクDiabloは、
とても高い評価を受け、その年のBicycling Magazineでも最も革新的なバイクと賞賛されました。
また、Dakota(Hardtail bike)はMountain Biking magazineのBike of the Year Awardも受賞しました。
そしてこの年、JAMISの顔というべきKATARINA MILLERがチームJAMISに入りました。彼女は幼い頃から
BMXを始め、ダウンヒル競技やスラローム競技ですばらしい成績をおさめていましたが、チームJAMISに
入ってからは、ワールドカップのデュアルレーで15勝、ワールドカップのシリーズタイトルを2回、
NORBAのシリーズタイトルを4回、世界戦のシルバーメダルが2回と、劇的に進化し、JAMISバイクを
世界に知らしめました。

2000
ノバは、シクロクロス用レースバイクとして設計されているが、その快適性からあらゆる用途
(トレーニング、ツーリング、レース、etc)に使用できると評価される。
ダカールスポーツは、マウンテンバイキング(USA専門誌)の800ドル未満の最もよいバイクの
ための賞を勝ち取る。

2001
ダカールcompが、マウンテンバイキング(USA専門誌)にて800~1500ドルのcategoryにおいて、
最もよいバイクのための賞を勝ち取る。
黒と黄色の2色に塗り分けられEclipseはTeamRed(デザイン賞)を獲得した。

2003
ダカールXLT(5インチトラベル)オールマウンテンシリーズが導入され、即座にマウンテンバイキング
(USA専門誌)のOVERALL BIKE of The YEAR に輝く。
そして一方ダカールXC compはAggressive XC Bike of the Year を勝ち取る。
レイノルズの信じられないほど軽く、堅いけれどもまだ弾力があるリチウム合金X100によって製造される
最初の量産ロードバイクとして、XENITHが登場する。

2004
ダカールXLTプラットフォームは、26マガジンにてAll Mountain Bike of the Year次点となった。
(その理由はXLTシリーズが2年目で有ったからだが)
他の紙面においては、その年殆どのAll Mountain Bike of the Yearと成る。
コーダスポーツが導入されて、Bicycling Magazine にてコンフォートバイクのベスト・バイに評価される。

2005
それは自転車業界のカーボンの年であり、JAMISは新しいカーボンシリーズとしてXenithシリーズ
(チームとプロ)ロードバイクをフラッグシップモデルとして、導入する。
ダカールXCプロ&XCエキスパートに軽量のカーボンシートステーとカーボンベルクランクを使用する。

2006
真のフリーライドバイクとして、ペダリングロスを極限まで押さえた設計のバイクDIABLOを発表する。
ダカールがBicycling Magazine's において、1000ドル以下の部門のEditor's Choice Award as the Best
Full Suspension Mountain Bike に選ばれる。

2007
全く新しく設計されたカーボンモノコックロードフレーム Xenithシリーズが導入される。
多くのプロライダーより快適性とそのパフォーマンスの高さを評価される。
マウンテンバイクにおいて新しいMP3サスペンションプラットフォームが導入される。
より軽く、より堅く、より速く快適にと、より多くを効率的に実現したジャミサスペンションバイクの
発展と成る。


JAMIS


O&M History(オーアンドエムヒストリー)

1952年 昭和27年 札幌市中央区に「丸石商会株式会社
札幌支店」として設立。
1961年 昭和36年 「丸石自転車株式会社札幌支店」と商号変更する。
1986年 昭和61年 「丸石自転車北海道販売株式会社」
として、資本金5,000万円にて独立する。
2007年 平成19年  2月  「株式会社太洋商会」の関連会社となる。
 5月  米国JAMIS社の代理店となる。
 5月  折りたたみ自転車世界NO1「DAHON」社の
      北海道地区副代理店となる。
10月  社団法人自転車協会の正会員となる。
11月  「株式会社 オーアンドエム」に社名変更する。
2008年 平成20年  5月  三洋電機コンシューマエレクトロニクス株式会社
      と代理店契約する。
2009年 平成21年  2月  株式会社ウベックスジャパンと代理店契約する。
 9月  「yeah」の日本総代理店となる。
11月  「EXUSTAR」の取り扱い開始。
2010年 平成22年  2月  東京事務所オープン


O&M

GIANT(ジャイアント)ブース

2010北海道スポーツサイクルフェスティバルの出展メーカーブースをご紹介していきます。


GIANT(ジャイアント)ブース


GIANT

2010北海道スポーツサイクルフェスティバルについて詳しくはこちらをご覧下さい

GIANT History(ジャイアントヒストリー)

先進のComposite Technologyは、バイクの性能に関心があるライダーが重要視する3点、すなわち、堅さ・軽さ・ライディングクオリティを究極的にバランスさせるべく開発されました。
これらの3つの要素を完全な調和に保つことは、難しい仕事です。これを間違えるとバイクは、あまりにフニャフニャか、あるいは不快か、重たすぎになってしまいます。
そのバランスが正しければ、あなたはミサイルのように加速し、効率良くエネルギーを伝え、パフォーマンスを奪う振動もなく、一日中快適なライディングを楽しむことができるのです。

レースをはじめとする数え切れないフィールドテストの時間から、Giant C-Tech factoryの熟練した技術スタッフによって綿密にハンドメイドされるところまで、世界中のメーカーで唯一Giantだけが、 全ての生産工程を最初から最後まで自社内でコントロールしています。
Advanced Composite Technologyは、現在の市場で見掛ける上辺だけのカーボンバイクとは一線を画すものです。
Giantは、より軽く、横方向にはより強固で、垂直方向にはより快適なライディングを自分のバイクに要求するライダーに、Advanced Composite Technologyを提供することができることを誇りとしています。
こうした改善点により、Giantは、最高のカーボンロードやカーボンマウンテンバイクを作ることができるのです。
Advanced Composite Technologyの優れたパフォーマンスは、カーボンの原糸から始まり、効果的に層をなした、Uni-Directional(UD)カーボンから造られる完全なハンドメイドのフレームに行き着きます。
Giantにとって、この丹精込めたプロセスと、熟考された素材選択とのコンビネーションは、ただの素材と技術以上のものなのです。
他のいかなるメジャーブランドも作ることができない、優れたクオリティとパフォーマンスを約束します。
プロダクトデザイナーや、エンジニア、熟練したスタッフ達など、ジャイアントのグローバルセクションに属するクリエイティブなメンバーは、サイクリングの未来に続く創造活動については無制限の自由が認められています。
たとえいつアイデアが浮かんでも、またはインスピレーションが噴出しても、彼らは勤務日や時間に左右されることなく「C-Tech カーボン工場」や、「テクノセンターエンジニアリングシンクタンク」、あるいはGiant専用の製造施設といった独立機関を自由に使うことが出来るのです。
ジャイアントのこのような開発体制は、その内容においても、続けてきた年月においても、競合他社に対して大きなアドバンテージとなっています。

Giantの36年にわたる革新の歴史には、上質なアルミバイクを大量生産した最初のメーカーであることや、カーボン素材を自転車に採用した最初のメーカーの1つであることなどが含まれます。
こうした過去の技術の蓄積をより良いバイクづくりに活かすために、コンセプトからエンジニアリング、デザインからテスト、製造から品質管理まで、製造工程のすべては、一貫してGiantの管理下に置かれているのです。
このような姿勢によって、私たちジャイアントは皆様の元にクオリティの高い自転車をお届けすることをお約束いたします。


GIANT

CANNONDALE(キャノンデール)ブース

2010北海道スポーツサイクルフェスティバルの出展メーカーブースをご紹介していきます。


CANNONDALE(キャノンデール)ブース


CANNONDALE

2010北海道スポーツサイクルフェスティバルについて詳しくはこちらをご覧下さい

CANNONDALE History(キャノンデールヒストリー)

1971年にピクルス工場の上の雑然とした屋根裏部屋で産声を上げ、
自転車業界で初めて自転車トレーラーを発売したキャノンデールは、その後大躍進を遂げてきました。

設立初期に急速に成長を果たすと、サイクリングウェアやアクセサリー類の分野にも参入、
革新と品質において高い評価を獲得してきました。

その後、1983年に初めてツーリング・モデルを発表し、
続く1984年にロードバイクとマウンテンバイクを発表すると、
こうした評価は計り知れないほど高いものとなりました。

キャノンデールは当時主流であったスチールフレームよりも軽量かつ耐屈曲性の高い
ハンドメイドのアルミフレームを採用して自転車業界から絶賛されました。
キャノンデールの評判はあっという間に世間に広まり、
懐疑的な視線に満ちていた業界はキャノンデールやその追随製品であふれるようになったのです。

今日、キャノンデールはハイエンド・バイクの一流メーカーであり、
自転車業界における革新の第一人者として広く認められています。
常に最先端を行くキャノンデール製品の発想の源は、
キャノンデールのプロレーシング・チームに所属するアスリートから出されるさまざまな意見です。

マウンテンバイク・チームは世界選手権や国内選手権での勝利や
ワールドカップシリーズの総合優勝を何度も手にしており、
オリンピックでもメダルを2つ獲得しています。

キャノンデールのロードレーシング・モデルはツール・ド・フランスの
さまざまなステージでステージ優勝を果たしており、
ジロ・デ・イタリアでは20回以上のステージ勝利と2度の総合優勝を収め、
世界選手権での優勝とイタリア選手権での2度の優勝という成果を残しています。


CANNONDALE

GT BICYCLE(ジーティーバイシクル)FELT(フェルト)ブース

2010北海道スポーツサイクルフェスティバルの出展メーカーブースをご紹介していきます。


GT BICYCLE(ジーティーバイシクル)FELT(フェルト)ブース


GT BICYCLE


FELT

2010北海道スポーツサイクルフェスティバルについて詳しくはこちらをご覧下さい

GT BICYCLE History(ジーティーバイシクルヒストリー)

BMXの頂点へ
1980年からGT bicyclesは毎年すさまじい勢いでフレームを開発し、次々にBMXの領域を広げていきました。
例えばFREESTYLEというジャンルを作り上げたPERFORMERというバイクは伝説になり、今日まで続くBMXのカテゴリーになっています。
さらに高性能なフレームを求めて会社はカリフォルニア州ハンチントンビーチに移動して溶接作業、倉庫、物流、本社機能を備えたビルを構えました。
この間にGT bicyclesはBMXレースの上位を独占し世界のGTへと飛躍を遂げました。

MTBの開発
80年代後半にさしかかると、リチャードは多様なフィールドに対応したスポーツMTBの開発に着手、1987年にGTはネバダ州で行われたインターバイクショーで5モデルのバイクを発表しました。
それから5年も経たない間にBMXと同様にMTBのレース界をGT bicyclesは席巻しました。
この時世界中を驚かせ、今日までGTに勝利をもたらし続けるトリプルトライアングルフレームが誕生しました。
1991年にアメリカで最初にアルミ素材を使用したMTBを製作し、チタンフレームなど様々な最先端素材をMTBの世界にもたらしました。
誰よりも速く走れるバイクを生み出したGTは次々に勝利を収め、世界最速のMTBライダーを決めるワールドカップでジュリアナ・フルタド選手が勝利を勝ち取り、男性ではニコラス・ボリオッツがユースワールドカップで勝利を得ました。
それ以来たくさんの著名なライダーがGTのフレームを求めて、Team GT bicycleへの参加を望みました。GTが抱えるチームは長いMTBの歴史の中で最もパワフルなレーシングチームとなりました。

ナショナルチームへの供給
時を同じくしてロードバイクではProject96が進められ、それは人類史上最も速いトラックレーサーをアメリカオリンピックナショナルチームへ供給する計画でした。
その開発には数億円という桁外れの開発費が投じられ、言うまでもなくメダルを獲得しました。
それ以来自転車競技連盟はGTが開発したエアロダイナミクスフレームを使用禁止にしたほどです。

最高を求めて
1994年にはリアサスペンションを装備したMTBの先駆けとなるRTSが発表され、その性能が認められて、アメリカナショナルチームへ供給する事が決まりました。
翌年の1995年には世界初の4バーリンケージ方式サスペンションシステムとしてLTSシリーズを発表されました。
1977年GTはカーボンファイバーの一種であるサーモプラスチックを使用したフルサスペンションMTBを開発、1998年カップに参戦し、2001年にはさらなる軽量化を施したNew i-DRIVEを発表。
そのプラットフォームを使用した世界最速のダウンヒルモデルDH-iによって世界チャンピオンの栄光がGTにもたらされました。
さらにこの年ZASKAR TEAMは10.2kgという驚異的な軽さで多くのクロスカントリーライダーの注目を集めました。2002年にはラッカスi-DRIVEというモデルを発表し、MTB界にフリーライドという新しいカテゴリーを確立しました。
2004年にはさらにペダリングロスを低減してサスペンションのスムーズな動きを実現したiD-XCを発表。
同年のRuckus Flowtaはアメリカブランドで始めての前後サスペンションにエアーを使用したフリーライドバイクでした。
2005年には世界初となる内装変速を搭載したDHモデル“G-BOX”をユーロバイクショーで発表。
New i-DRIVEプラットフォームを採用したiD-XC1.0はその圧倒的な路面追従性と走破性が評価されて“GEAR of the year”を受賞しました。
翌年には内装変速機付きダウンヒルモデル“iT-1”を世界で初めて市販化。

さらなる飛躍
2007 年はまさにGT が長年蓄積してきたカーボン技術を昇華させた年と言えます。
ロードバイク、ダウンヒルバイク、クロスカントリーバイクまで様々なフレームに最先端のカーボン素材を活用しました。
新型DH-i はその当時市場に流通しているダウンヒルマシンの中で最軽量モデルとして大きな注目を集めました。
2008年はアルミフレームをハイドロフォーミングにより大きな負荷に耐えるオールマウンテンに対応するFORCE、フリーライドに対応するSANCTIONを開発。北京オリンピックでは、ジル・キントナー、マイク・デイの2選手がアメリカナショナルチームとして参戦しました。
カーボン技術はさらなる高みを迎え、2009年量産モデルとしては世界初のダウンヒル専用のフルカーボンフレームを完成させました。
その驚異のダウンヒルマシンによって、ミック・ハナーは人生初のワールドカップ出場を果たした上に、表彰台に立つことができたのです。
常にGT bicyclesはレースの最前線でトライ&エラーを繰り返して開発を続けてきました。
世界最高の“FAST”なバイクを創る集団である事がGTの存在意義です。


GT BICYCLE


FELT History(フェルトヒストリー)

フレームの魔術師──ジム・フェルト。

Jim FELT。──二輪の世界(自転車とモータースポーツ)で最も有名な人物のひとりです。
四半世紀の間に、全く新しいバイクコンセプトづくりやフレームチューブの設計までを手がけ、大きな影響力を保持しています。
ジム・フェルトの功績には大きなものがあり、特にマテリアルのイノベーション、チューブのブレンディングには必ず彼の影が見え隠れするとも言われています。
人々は畏怖の念をこめ、彼をして「フレームの魔術師」と呼んでいます。

自転車のデザインを始める前にはモーターサイクルのレースシーンでヤマハ、カワサキ、スズキ、ホンダといった日本のモーターサイクルメーカーのために仕事をしていました。
ジム・ワイナートやブロック・グローバー、モトクロス界の伝説ジョニー・オマラといったプロライダーの為にスペシャル・フレームを開発し、そのフレームで何百というトロフィーを勝ち取りました。

モーターサイクルのレーススタッフと共に世界を旅している間に、ジムの中でトライアスロンへの情熱が育っていきました。
標準のトライアスロンバイクでは飽き足らず、トライアスロン、ロードの独自のフレームデザインを始めました。
モーターサイクル界でのキャリアを終え、自宅の裏庭にある小さなガレージでデッサンから最初の製作に入りました。
そのフレーム性能の良さに驚いた多くのライダーがフレーム製作をジムに依頼してきました。
ジムが作ったフレームは、幸運にもその年のトライアスロンとシクロクロスのチャンピオンを生んだのでした。

彼の名声はチューブの大手メーカー、≪イーストン≫にも伝わりました。
イーストン社の幹部はジム・フェルトに連絡を取り、より良い製品の開発とチューブ設計を依頼しました。
イーストンの成功の影にはジム・フェルトの多大な功績があったのです。
有名チューブメーカーのサポートを手に入れ、今やジムにはその創造性を解放するあらゆる自由が与えられました。

フレームジオメトリーや生産プロセスについて学び、チタニウム、カーボンや様々なアルミを使って実験を行なうことができました。
有名なイーストンのチューブを全て開発したのはジム・フェルトであり、トレックやスペシャライズド、GT、キャノンデール、ロックショックス、ロッキーマウンテン、カンタナルーといったメーカーで採用されました。
これらの多くのメーカーが今もジム・フェルトプロデュースのチューブを使用しています。
彼の最も有名な作品の一つはイーストンのスーパーライトロードセットです。
ジム・フェルトは最高のバイクを求めて、生産・物流のスペシャリストであるビル・ドーリングとドイツで会社を設立しました。
こうして、ジム・フェルトの名前を冠した機能美あふれるドイツの高品質ブランド《FELT Bicycle》が誕生したのです。

FELTはトップアスリートのポテンシャルを極限まで引き出すフレームを開発し数々の勝利を生み出してきました。
近年では、UCIに認定された最も空気抵抗の少ないタイムトライアルバイクのDA、トラックモデルのTK1などは世界に衝撃を与えました。
革新的技術によって支えられたGARMIN/Slipstreamチームは誕生間もないチームにもかかわらず、ツールドフランスなどのトップクラスのレースにおいて驚異的な結果を出しています。

2010年のラインナップはFELT開発チームが磨き上げた最高傑作であり、ジム・フェルトの本物へのこだわりは企業の理念まで昇華し、また新しいサクセスストーリーが始まろうとしています。


FELT

GRAPHITE DESIGN (グラファイトデザイン)BD-1(リーズ&ミューラー)BROMPTON(ブロンプトン)ブース

2010北海道スポーツサイクルフェスティバルの出展メーカーブースをご紹介していきます。


GRAPHITE DESIGN (グラファイトデザイン)BD-1(リーズ&ミューラー)BROMPTON(ブロンプトン)ブース
人気の折りたたみ自転車の試乗車は大人気でした!


GRAPHITE DESIGN


BD-1


BROMPTON


2010北海道スポーツサイクルフェスティバルについて詳しくはこちらをご覧下さい

GRAPHITE DESIGN Cycle Sports History(グラファイトデザインサイクルスポーツヒストリー)

弊社はカーボンシャフトを製造して今年で20年目を迎える事が出来ました。
これも一重に信頼して頂いたお客様のおかげでございます。
これまで多くの製品を開発し、近年では国内プロゴルフツアーでシャフト使用率№1になる事も出来ました。
そして以前より、そのゴルフで培った豊富なカーボン成型技術を他分野で活用したいと考え、調査・検討を行いました結果、2007年の8月よりサイクルスポーツの分野に挑戦する事となりました。
サイクルスポーツは、現代社会に合ったエコロジーで健康的なスポーツであり、又ゴルフシャフトと同様に、製品の性能はもとより使う人のフィーリングが重要になるスポーツでありますため、弊社のカーボン積層技術が十分発揮できると思っております。
2008年からは弊社理念でもあります「トップダウンによる製品化」を実現すべく、プロチームへの機材供給(カーボンフレーム・パーツ)を開始し、プロ選手からのフィードバックをもとに、より高次元のものづくりを行っております。


GRAPHITE DESIGN


BD-1 History(リーズ&ミューラーヒストリー)

リーズ&ミューラー社の社名は創業者で現代表であり、BD-1を生み出したデザイナーでもある2人、マーカス・リーズ氏とハイコ・ミューラー氏の姓に由来しています。
そしてBD-1の歴史は、ダルムシュタッド工科大学の学生だった2人の出会いにまでさかのぼります。
1992年、当時大学在学中の2人は、100カ所のスケールポイントをもつスケールサイクルの開発をスタートさせました。
そのスケールサイクルを使った細かいポジション取り、設計の細部寸法と重量の徹底的な検証を行なっていきます。
その後ハイコの家のガレージを作業場として、試作車製作を繰り返す日々がつづきました。そうした努力が実を結び、ついに画期的な折り畳み機構を持ち、走行性能と快適性に優れた名車 BD-1は誕生に至り、1995年に設立。

「環境にもっとも優しい乗り物自転車をもっと手軽に、もっと楽しく、もっと快適に、そしてもっと安全に、より多くの人に親しんでもらいたい。」BD-1の最大の特徴である折り畳み機構もこうした2人の信念とヨーロッパの環境から生まれました。折り畳み機構について「乗り心地と安全性を十分に確保するためにはフレームで折り畳まないことが最大で重要な要素であり、設計で最も苦労した点だ」と後にマーカスは語っています。

BD-1(Birdy)は欧州で最も厳しく、信頼を得ている検査機関EFBeの認定を得ています。

【EFBeとは】
正式名称はEFBe Prueftechnik GmbH自転車の強度試験、金属疲労度試験、構造試験、走行試験を行なっている。特にフレーム、フォークの試験においては世界一厳しい。ドイツ国内では既に自転車検査では最も信頼おける機関という定評があり、欧州全体でも評価は極めて高くEUが拡大統一となった場合、自転車部門の認定検査機関となる可能性が高いといわれている。EFBeはドイツ連邦基準であるDINやTUV対応の認証もしているがEFBeの基準の方がDINよりずっと厳しい。


BD-1


BROMPTON History(ブロンプトンヒストリー)

1975年、造園設計の仕事に従事していた、のちにブロントン創始者であるアンドリューリッチー氏はふと出かけた町で見かけた折りたたみ自転車にとても興味をもった。
彼は自分だったらもっと素晴らしい折りたたみ自転車が作れるのではないかと考え始める。
そしてその日を境にそんな彼の理想を具体化すべく、自身のアパートを工房として彼の挑戦が始まったのである。
そこで長い年月をかけて完成された自転車こそがプロンプトンなのである。
続きはこちらをご覧下さい


BROMPTON

NEEDSBOX 4WHEELS PLUS+ NVSITEはこちら