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トレイル100マイルレース 第1回DEEP JAPAN URUTLA100に挑戦

2022年6月29日
第1回DEEP JAPAN URUTLA100に挑戦

100マイルレース初挑戦となった今年2022年4月に行われた2022ウルトラトレイル マウントフジ(UTMF)165㎞ 30時間以内の挑戦は2年連続の大会中止を経て、満を期して臨んだがスタートからわずか21.5㎞でスマートホンの紛失により失格で幕を閉じた。不幸中の幸いというのが正しいのか、紛失したスマートフォンはスタッフにより先回りしてチェックポイントU1(21.5㎞)地点に届いていたため、記録は無いがその後の続行は認められた。迷いを断ち切り走ることを決断した。懸命に前へと気持ちを進め70位内につけていたものの130㎞地点で気持ちの糸が切れ、あっさりとリタイヤを告げた。こんなことは初めてのことだった。心が伴っていなければ山岳100マイルレースは厳しいものだと当然ながら実感した。

早い段階で自らの失敗をそれ以上の成果で取り戻したいと出場を決めたのが、今年第1回となるDEEP JAPAN URUTLA100(171㎞、累積標高9,500m)。このレースは海外レースの過酷さと達成感を日本にいながら体験できるようにと、日本300名山の粟ヶ岳(標高1,293m)、浅草岳(標高1,585.5m)、行と帰りに2度登る200名山の守門大岳(標高1,432m)と1度に1,000mアップの壁が4本立ちはだかる正真正銘の山岳レースだ。

【コース図】





22時15分 一斉スタート

165㎞の出場者は110名。男子はゼッケン1〜11番までが招待選手のプロトレイルランナーで豪華な顔ぶれ


スタートからすぐに浅草岳の頂上を目指し、一度下った後に今度は大岳の頂上に向かい稜線を走る。



下山後も小さな山のアップダウンが連続で続く。標高が低い分気温が高くかなりきつい。この日は全国でも一番暑い35度を上回る予報。無風の上に朝方に降った雨が蒸し返り、山深い木々に覆われた山中に熱がこもる。1,000mを越える山々が四方に城壁のように囲まれた盆地は熱帯雨林の様相となっている。幸いなことにコース上には沢が点在していたため、幾度か川中に座り込み体温を下げる。


概ねチェックポイントは20㎞おきに設置されているが、山頂にあるチェックポイントは通過確認のためのみで給水はできない。4時間で辿り着く区間もあれば8時間もかかる区間もある。このためそれらを計算して水や食料を背負うことになる。それらが途中で切れればリタイアをすれば済むという訳ではない。下界のチェックポイントまで自力で辿り着くことが帰還する最低限の条件となる。自分の場合は山岳経験が浅いため山越えにどの程度時間と飲み水が必要かが曖昧で、かつ気温が高いとあってスタートから3ℓ以上の水と食料を余分に積み込んでいた。(結果的にはどの区間も水は2ℓで足りたのだが)このため背中が重く、全くいつもと勝手が違う。特に下りで走る際の脚への衝撃が大きく、必要以上に脚力が消耗する。



スタートから18時間、17時過ぎにCP6(87.2㎞地点)中浦ヒメサユリ森林公園サイドに到着

ここからレースの核心部分の粟ヶ岳越えが待っている。5.5㎞で1,100m上昇する直登区間は数字上だけでも十分厳しさが伝わってくる。夕方から降り始めた雨は次第に強さを増し、この先に踏み入るのを阻んでいるかのようだ。この21.8㎞区間は下りてくるまでにおそらく8時間はかかるだろう。疲れと眠気の上にこの雨で山道は粘土質の土に水分を含みドロドロの状態となっている。一度躊躇したが、覚悟を決め18時にリスタートする。

次第に風雨が強まるがレインジャケットを着れば木々に覆われている山中はさほど気にならない。脱ぎ着で体温調整が図れるため暑いよりはずっとマシかもしれない。

そんな中、行く手を阻んだものは想像もしていなかった日本山ヒルの大量発生だった。イメージ以上に動きが早く手で払おうとしても吸いつく力が強くなかなか脚から取ることができない。手でようやくつかむと今度は手にくっつき強く払っても落ちない。次から次と靴から這い上がってきて肌が露出している脹脛に吸い付く。数分目を離すと5〜6匹付いており血の吸っているヒルは5倍以上の大きさになっている。吸われる直前なのか、その瞬間噛まれたと気づくほどに痛い。

吸われ(噛まれ)たヒルを払い除けた傷口はなかなか血が止まらない。そこにヒルが群がる。何度も何度も足を止め払うのだが無限ループで前に進むことが出来ない。ここだけでもう20箇所以上吸われて(噛まれて)いる。日中も何度かヒルが付いていたがこれほどまでにいるとは思いもしていなかった。雨で地中から一斉に這い出てきたのか地面を照らすと無数のヒルが雨に弾かれ地面を飛び跳ねている。この異常発生の区間が6㎞は続いただろうか。途中からはある程度吸われるのは仕方ないと覚悟し、15分くらいおきに払い落とすことにしとにかく前進した。

山深い山中で暗闇の中、たった一人懸命に歩みを進めながら自分自身と向き合う。今まで人生で感じてきた不平不満など全く意味の持たないどうでもいいことに感じられる。自分自身が日々苦労や厳しいと感じていたことは、ごく当たり前のほんの些細なことだったと気づかされる。

これまでの自分がどんなにちっぽけな人間だったのかと思う。このレースの中だけでも時間の経過とともに、つらい思いをした分だけ人格は磨かれていくように感じる。

スタートから24時間が経過し木々を抜け山頂に近づくと暴風雨がまともに身体に当たる。風速20〜30mくらいだろうか。山頂のCP7(101.8㎞地点)では通過チェックをするスタッフはもう下山してしまったのではないかと思っていたが待っていてくれた。


足早に下山し、午前2時すぎにCP8(109.0㎞地点)に到着

ここでスタッフから悪天候のためCP6(87.2㎞地点)〜CP7(101.8㎞地点)〜CP8(109.0㎞地点)〜CP9(120.0㎞)区間を中止した旨を聞かされる。自分が該当する区間はCP8(109.0㎞地点)〜CP9(120.0㎞)の延長11.0㎞の川縁のルートととなる。レースの中では一番アップダウンが少ない区間だっただけに完全制覇を逃し少し残念ではあったがすぐに気持ちを切り換える。

リスタート地点のCP9(120.0㎞)まで車で移送されることになった。気持ちの緩みか移送中に急激に睡魔に襲われたため、CP9で1時間半の仮眠を取り、午前5時半にリスタートすることにした。着替えも何もないためそのままの格好で体育館の床に寝転び、一瞬で眠りに落ちた。深い深い眠りから目が覚めたように感じ時計を見るとまだ5時過ぎで1時間しか眠っていなかったが眠気も取れすっきりしとた。日が真上に昇る前に少しでも先に進むことにした。

2度目の朝を迎える。日が昇り始め昨日と同様に気温が上がりまた厳しい1日になることを予感させる。
最後の難関は行きで一度上った大岳(標高1,432m)越え。その勇ましい風貌は大きな壁として立ちはだかる。

ここからはゼッケン番号12番の嶋田さんと共に歩むことになった。

一人で歩む道と2人では心境が大きく変わり苦しさが半減し、希望が膨らむ。

最後の4本目の1,000m越えを果たしてからは、このレースが例え200㎞あったとしてもゴールはできるだろうとさえ思っている自信を深めた自分がいる。1日でこれほどまでに意識が変わるものなのか。このレースの先にはまだ自分には高い目標がある。それを想定し心に余裕を持ちながらこの一瞬一瞬を楽しみゴールを目指そうと心に決める。


「人は自分がやれると思うか、やりたいと思う分成長できる」


ゴール

スタートから45時間。走行距離165㎞、累積標高+8,700m。

日が落ち暗闇に包まれ始めた20時15分すぎゴールを果たした。嶋田さんと固い握手を交わし健闘を称え合った。



失敗も次に繋げようと前に進む限り、成功のための必要な階段に過ぎない。即ち失敗を避けようと新たな挑戦を回避することは成功する道を自ら閉ざしていると言える。失敗すること以外には多くを学び、成功する方法は無いと言っても過言では無いと思う。

「失敗は成功のもと」

失敗しても努力が無駄になることはない。培われた能力は必ず得ることができ、何れその成果が形となって表われてくる。

これからも自分自身を信じ続け、日々を大切に有限の人生を自ら切り拓いて行きたいと思う。


【結果】

・160㎞、40時間50分42秒


【全体】

  • 171㎞ 110人(内女性7名) / 完走者8人(内女性0名)
  • 160㎞ 110人(内女性7名) / 完走者12人(内女性1名)
  • 153㎞ 110人(内女性7名) / 完走者2人(内女性0名)
  • 138㎞ 110人(内女性7名) / 完走者12人(内女性2名)
  • 127㎞ 110人(内女性7名) / 完走者5人(内女性1名)

110人中 /39名(内女性4名)

距離について、悪天候によりレース途中でルート2区間{CP6(87.2㎞地点)〜CP7(101.8㎞地点)〜CP8(109.0㎞地点)〜CP9(120.0㎞)区間}の走行が中止になり距離が短縮され、CP9からのリスタートとなりました。中止決定となる前にCP6〜CP7又は、CP6〜CP7〜CP8〜CP9区間を走行しチェックを受けた選手はこの通過が認められています。


【スタート地点近くの風景】



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